雑居時代 ロケ地の楽しみ(8) 京王多摩川、「東洋のハリウッド」

戦前の話である。マキノ省三の「等持院撮影所」を運営していた東活映画社は、かねてより東京への進出を目論んでいた。昭和8年、同社はひとりの男を東京へ派遣する。男の名は本多嘉一郎。後に「カツドウ屋市長」との異名を持ち、調布市長を16年間に渡って務めた、あの本多嘉一郎である。本多に与えられた使命は、東活映画社の東京撮影所の建設用地を探すことであった。

本多は京王電気軌道・多摩川原駅に目をつける。現在の京王相模原線・京王多摩川駅である。当時、この一帯は桑畑が広がり、多摩川の清流からはアユやコイが釣れた。また、稲田堤は隅田川や飛鳥山と並び、東京随一の桜の名所として知られていた。数年前には京王電気軌道が同駅の隣にレジャーランド「京王閣」をオープンしたこともあり、この一帯は東京の保養地、行楽地として人気を集めていたという。

本多は回想録でこの地に目をつけた理由を、「時代劇、現代劇どちらの撮影にもふさわしい自然環境やフィルムの現像に欠かせない良質な地下水があったから」と語っている。同年、本多は京王電気軌道から、駅の東側一帯の土地を無償で貰い受け、撮影所を開所した。

『雑居時代』の撮影が行われた「大映調布撮影所」、そのルーツとなる「日本映画多摩川撮影所」の誕生である。


『京王多摩川駅を出発する新宿行き電車』、昭和14年8月6日、高松吉太郎撮影。
新宿歴史博物館より。電車の背後に撮影所の建物が見える。

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大映調布撮影所(現:角川大映撮影所)のルーツを探ると昭和8年にまで遡ります。不幸にも、本多が建設した同撮影所は、翌年、会社の倒産により日活が買収することになり、「日活多摩川撮影所」となります。その後、戦時下の国策により、日活製作部門が大映に統合されると、この撮影所の名前も「大映第二撮影所」に変更されました。

すなわち、大映調布撮影所は元々、日活の撮影所だったわけです。日活とのつながりが深いユニオン映画がここを使用したのも、ごく自然な選択だったのかもしれませんね。

昭和30年代の日本映画全盛期には、この近くに日活が大型撮影所を新たに開設しました(現・日活調布撮影所)。当時としては東洋一を誇った規模だったそうです。そして駅の西側には独立プロダクション系の調布映画撮影所があり、3カ所もの撮影所で映画が量産されるという活気を呈していました。まさに、この一帯が「東洋のハリウッド」と云われたゆえんです。

当時は京王多摩川駅の近くまでが大映調布映撮所の敷地だったそうですが、映画産業が斜陽になり、この撮影所の敷地はどんどん切り売りされ、現在に至っています。今残っている「角川大映撮影所」は、元の敷地のごく一部なんですね。

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京王多摩川の駅を降りて、ちょっと驚かされるのが、駅のすぐ隣にある「京王閣競輪場」。上で述べた「京王閣」の跡地に作られた競輪場です。競輪の開催日には駅前の居酒屋や定食屋に新聞とペンをもった競輪客がたむろしている光景に出会います。

「かつて、ここは東洋のハリウッドだったんだなあー」などと感慨に浸っているのは、今ではモノ好きな日本映画ファンぐらいでしょうかね(笑)。

『雑居時代』が撮影された昭和48年ごろには既に日本映画は衰退していました。この界隈も全盛期の活気は無くなっていたわけですが、それでも、俳優や映画関係者たちが駅前の喫茶店や定食屋に集まったりして、カツドウ屋の街の名残があったに違いありません。

さて、そんなことをアレコレ思いながら、この界隈のロケ地風景を眺めてみましょう。

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第14話

1.京王多摩川駅前道路、調布小島郵便局前
十一とケン坊は古紙回収のトラックで、撮影所方面から京王多摩川駅へ走っている。前方左手に見える「テーラー・サトウ」は今でも健在。

2013年12月28日、撮影

2.京王多摩川駅前道路、シャングリラロケ地ビル前
同じ道路をさらに駅方向に進んだ地点が下の映像。あれ?このカット、光の加減が上の映像と違いますね。それに、秋ちゃんがこちらに向かって手を振っているということは、十一達は撮影所方面にトラックを走らせていることになりますね。上のカットとはあべこべの方向で、つじつまが合いませんね。「重箱ネタ」、ひとつ発見です。

2013年12月28日、撮影
「喫茶・シャングリラ」と白い文字で書かれていた壁自体は健在ですが、今は青いタイルに貼り替えられています。

第19話

3.シャングリラロケ地ビル前
秋ちゃんが出前の為、階段を降りるシーン。このシーンに使われたビルは今でも健在で、この階段の上に「シャングリラ」のロケ地となった「紫苑」というスナックバーがあったそうです。今は、そのお孫さんが「Shien」という名で駅近くの別の場所に2店舗を営業しています。
2014年3月23日、撮影、変わらない柱や階段の形状に、当時の面影がうかがえますね。

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最初は「シャングリラ」内部のシーンはスタジオのセットかと思いましたが、やはり、この「紫苑」でロケ撮影したと考えた方がよさそうですね。

第19話で秋ちゃんが店に入ってくるシーンでは、彼女が階段を登って来る様子がうかがえます。スタジオセットなら、ここまで凝ったことはしないでしょうね。
第4話では、入口の配電盤の上に「シャングリラ」の看板を掛けて、体裁を整えていました。スタジオセットなら、わざわざそのようなことをする必要がないわけですね。

第3話、店の「天井」が写っていますね。スタジオセットはほとんどの場合、天井はありません。

(続く)

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